弁済訴訟と更生計画

2017年3月17日をもって、TFK株式会社(旧:株式会社武富士)の会社更生手続は終結しました。それに伴い、コールセンター業務は終了しました。



旧武富士が過払い分で提訴 東京地裁 TFKの管財人

2012年4月11日、熊本日日新聞

会社更生手続き中のTFK(旧武富士)の管財人である小畑英一弁護士は2012年4月10日、国に対し約2374億円の法人税還付を求め東京地裁に提訴した、と発表した。借り手が払いすぎた利息(過払い金)に基づき支払った法人税分は無効として、国に返還を求め、債権者への弁済原資に充てる。

武富士は過去に、利息制限法の上限を超える「グレーゾーン金利」で貸し付け、多額の利益を計上。2006年の最高裁判決でグレーゾーン金利部分が無効と判断され、利息の返還請求が相次ぎ、経営破綻した。

武富士、更生計画が認可決定、アプロとTFKに分割

2011年11月11日、ニッキン

会社更生手続き中の武富士は2011年10月31日、東京地方裁判所から更生計画の認可決定を受けた。これに基づき、2011年12月にも韓国の消費者金融大手「A&Pファイナンシャル」が事業承継する「アプロ」と、資産売却・債務清算を行う「TFK」に会社分割する。

更生計画案は2011年7月15日に東京地方裁判所に提出。書面投票により、債権者の賛同も受けた。消費者金融事業を承継する会社の名称は「アプロ」に変更。A&P側は「武富士」ブランドを引き続き使いながら事業の再建を図るものとみられる。

TFKは、債権者への弁済を2011年12月中旬に開始予定。資産の売却や訴訟などにより弁済原資を確保しつつ、認可決定から1年の期限内に債権者への弁済を完了する。

Jトラスト、武富士の事業を買収

2012年3月2日、日本工業新聞

Jトラストは2012年3月1日、会社更生手続き中の武富士の消費者金融事業を会社分割により取得したと発表した。Jトラストの連結子会社で商工ローン大手のロプロが、2012年3月2日付で取得対価の約252億円を支払い、事業を継承した。

武富士本体は社名をTFKと改め、今回の事業売却収入などを原資に債権者への弁済に当たる。弁済率は、当初の計画通り3.3%を維持する見通し。

武富士の再建をめぐっては、スポンサーに決まっていた韓国企業が資金不足などで撤退するなど混乱したが、2011年末にJトラストが新スポンサーに選定されていた。ロプロでは継承した武富士の顧客基盤を生かし、信用保証業務などを強化していく方針。武富士側からは、約300人の社員がロプロへ移籍する見通しだ。

武富士 管財人と和解成立

2013年9月12日、読売新聞

会社更生手続き中の「武富士」(現TFK)が破綻前に不当な株主配当をしたとして、管財人が株主の創業家3人などに約129億円の返還を求めた訴訟は2013年9月11日、2審・東京高裁(滝沢泉裁判長)で和解が成立した。管財人によると、創業家側が解決金として17億5000万円を支払うという。

訴訟で、管財人は「原資のない違法な配当だ」と主張したが、2013年3月の東京地裁判決は「会計処理に問題はない」として請求を棄却、管財人が控訴していた。

武富士側の逆転敗訴が確定 巨額損失巡る賠償訴訟

2016年3月16日、朝日新聞

経営破綻(はたん)した消費者金融大手「武富士」(現TFK)が、金融取引で巨額の損失を受けたとして、メリルリンチ日本証券に約290億円の損害賠償を求めた訴訟の上告審判決で、最高裁第三小法廷(岡部喜代子裁判長)は2016年3月15日、武富士側の請求を棄却した。2審・東京高裁判決はメリルリンチ側に約145億円の支払いを命じていたが、これを破棄した。武富士側の逆転敗訴が確定した。

判決によると、武富士は2007年、メリルリンチの提案した金融商品で300億円の運用を始めた。しかし、2008年の「リーマン・ショック」で債券価格が急落し、2008年に約297億円の損失を出した。第三小法廷は「国際的に金融事業を行ってきた武富士にとって、理解が難しかったとはいえない」と述べ、メリルリンチ側の説明義務違反はなかったと結論づけた。

金融取引の損失巡り 旧武富士が逆転勝訴 東京高裁

2014年8月28日、読売新聞

会社更生手続き中の消費者金融「武富士」(現・TFK)の管財人が、メリルリンチ日本証券との金融取引で巨額の損失を出したとして、メリルリンチ日本証券側に約290億円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審で、東京高裁は2014年8月27日、請求を棄却した1審判決を取り消し、メリルリンチ日本証券側に約145億円の賠償を命じる判決を言い渡した。難波孝一裁判長は「ハイリスクな取引にもかかわらず、メリルリンチの担当者は説明を尽くさなかった」と指摘した

判決などによると、武富士は2007年、既に発行していた300億円の社債を償還するため、メリルリンチが提案した債券を購入したが、2008年にサブプライムローン問題に絡む市況悪化により約290億円の損失を出した。

2013年7月の1審・東京地裁判決は、「武富士側もリスクを検討して取引したはずだ」として請求を退けていた。

メリルリンチ日本証券広報部の話「判決を精査し、今後の対応を決めたい」

武富士への返済 ATM消え不便

2012年4月19日、中日新聞

経営破綻した消費者金融の武富士を利用していました。武富士の消費者金融事業をロプロが引き継いだ2012年3月1日以降、自宅近くにあった武富士の無人店舗のATMが使えなくなり、お金を返済できなくなりました。以前は、武富士が指定する口座への銀行振り込みでも返していました。自分の口座と同じ銀行同士の振り込みだったので、手数料がかからなかったのです。ロプロが指定してきたのは別の銀行の口座。振り込むと、数百円の手数料がかかるようになりました。自営業で景気が悪い中、苦労して返済金数千円を工面しているのに、返済のために毎回余分にお金がかかるのは納得できません。=愛知県、50代男性

【係から】ロプロによると、事業を引き継いだ際、店舗は旧武富士(現・更生会社TFK)に残したままだったため、旧武富士が所有する全ての無人契約機やATMコーナーが使えなくなったそうです。提携先のATMは無料で利用ができ、多くのコンビニATMで返済が可能とのことです。ロプロは「分からないことがあったら、電話で聞いてほしい」と話しています。

武富士、更生法申請へ 過払い請求が重荷 負債4300億円

2010年9月27日、中国新聞

武富士、更生法申請へ

経営再建中の消費者金融大手、武富士は2010年9月27日、会社更生法の適用を東京地裁に近く申請する方針を固めた。払い過ぎた利息の返還を求める借り手側からの過払い金請求が重荷となり、貸金業規制の強化で収益低迷が続いていることから、自力再建を断念した。

負債4300億円

東京商工リサーチによると、負債総額は約4300億円。まだ請求されていない過払い金などを含めると負債額は大幅に拡大する見込み。法的整理により、過払い利息の返還額をカット、裁判所の管理下で支援先を探し、早期の再生を目指す。

利息の返還額は、武富士の財務内容に応じて、社債や銀行からの借入金などと同率で削減される見通し。利息の返還額のカットを迫られる顧客から批判が出る可能性もある。

過払い請求が重荷

武富士は、2002年3月末には営業貸付金残高が1兆7666億円に上るなど業界トップだった。しかし2006年1月、最高裁が「利息制限法の上限を超える金利(グレーゾーン金利)は無効」との判断を示したのをきっかけに、過払い金の返還請求が殺到し経営が悪化した。

2009年末からは事実上、新規の融資を停止。2010年3月末時点の貸付金残高は5894億円まで縮小し、現在は業界4位。

格付け会社が武富士の財務格付けを相次いで引き下げたため、武富士は銀行などから融資を受けるのが難しくなり、保有する不動産などの資産を売却して運転資金を確保する綱渡りの経営が続いていた。武富士は大手銀行の傘下などに入らない独立路線を維持したため、再建を支援する主要取引銀行もなかった。

2010年6月には改正貸金業法が完全施行され、融資を顧客の年収の3分の1に制限する総量規制がスタート。相次ぐ規制強化で消費者金融業界は厳しい状況に陥っている。

商工ローン大手のSFCG(旧商工ファンド)やロプロが相次いで経営破綻(はたん)。消費者金融大手のアイフルも私的整理に当たる「事業再生ADR」の手続きで再建を目指している。

更生法の適用を申請しても利息制限法の上限金利以内で貸し付けを受けた利用者の返済条件に変更はない。

株売買を一時停止

東京証券取引所は2010年9月27日、武富士株の売買を一時停止した。自力再建を断念し、会社更生法の適用を東京地裁に近く申請する方針を固めた、との報道の真偽を確認するため。

規制強化 追い打ち

【解説】武富士が会社更生法による経営再建を目指す方針を固めたのは、借り手による過去に払い過ぎた利息の返還を求める「過払い金」問題を解消するめどが立たないためだ。日本貸金業協会によると、過払い金総額は業界で年1兆円規模に達する。貸金業規制の強化も追い打ちをかけており、貸金業界の縮小は避けられない情勢だ

消費者金融など貸金業界は2000年代前半までは高収益を誇ってきたが、返済能力に欠ける人への過剰な貸し付けや悪質な取り立てが、多重債務問題としてたびたび社会問題化してきた。

業界環境を一変させたのは、2006年1月の最高裁の判断。出資法と利息制限法の上限金利との間に生じていた「グレーゾーン金利」を利用した高い金利での融資が無効とされた。業界の高収益の源泉が一転し、後を絶たない利息返還請求を生むことになった。

多重債務問題の解決を目的にした改正貸金業法の施行も事業の抜本的な見直しを迫るが、新たな収益モデルは見つかっていない。銀行などから融資を受けられず、貸金業者に頼ってきた中小、零細企業への影響を最小限に食い止める必要がある。

武富士は裁判所の管理下での利息返還額の削減を目指しているとみられる。他の貸金業者にも影響を与える可能性があり、今後、借り手の債権保護も課題になりそうだ。

クリック 武富士

創業者の故武井保雄氏が1966年、前身の「富士商事」を創業。1974年に現在の「武富士」に社名変更した。1998年には東証1部に上場した。テレビCMなどの宣伝が功を奏して業績を拡大。ピーク時の2001年3月期には連結純利益1272億円を計上したが、2010年3月期は45億円にとどまった。武井氏が「武富士」に批判的な記事を書いたジャーナリストの電話を盗聴したとして有罪判決を受けたほか、法令違反にあたる取り立てで金融庁から処分を受けるなど、社会問題も引き起こした。

武富士、更生法申請へ 「過払い」返還、重荷に

2010年9月27日、朝日新聞

経営難に陥っている消費者金融大手の武富士(本社・東京都新宿区)は2010年9月27日、東京地裁に会社更生法の適用を近く申請する方針を固めた。「過払い利息」の返還が重荷となって資金繰りが厳しくなったため、自力再建を断念し、法的整理での再建が必要と判断したとみられる。

更生法を申請すれば、消費者金融会社が生まれた1960年代以降、大手の経営破綻(はたん)は初めて。武富士は2010年4月~6月期決算で、借入金などの帳簿上の負債が4046億円。破綻すれば、株式を上場している東京証券取引所第1部とロンドン証券取引所では、上場廃止となる。

申請後も武富士は営業を続ける見通し。ただ、2009年11月以降、新規や追加の貸し付けをほぼ停止しているため、返済を受ける業務が中心になりそうだ。口座数は2010年6月末時点で約97万件。顧客は契約通り返済を続ける必要がある。

一方、過払い利息がある顧客は、払い過ぎていた利息を返してもらう権利がある。ただ、破綻の場合、資産が目減りしている恐れがあるため、過払い利息の返還額は大幅にカットされる可能性が高い。

武富士は2002年3月期まで消費者金融最大手。しかし、2003年、創業者で当時会長だった故武井保雄氏が、武富士に批判的な記事を書いたジャーナリストらの電話を盗聴した事件で逮捕(2004年に有罪確定)されて社会的な信用を失い、貸し出しが伸び悩んだ。

2006年1月には最高裁で利息制限法を超える金利を取る条件を厳しくする判断が出て、過払い利息の返還請求が急増し、多額の返還資金が必要になった。2006年末には改正貸金業法が成立。2007年3月期決算の純損益が4812億円の大幅赤字に陥った。2009年3月期決算の純損益も2561億円の赤字になるなど業績悪化に歯止めがかかっていない。

取締役会での正式決定は今後とみられ、武富士首脳は2010年9月27日朝の段階では、更生法申請について「そういうことにはまだなっていない」と語った。武富士が9月27日昼にホームページに出した談話では「そのような決定を行った事実もない」としている。

武富士の株式、東証売買停止

東京証券取引所は2010年9月27日午前8時20分から、武富士株の売買を停止した。「会社更生法に関する報道の真偽などの確認のため」としている。午前の取引開始直後から消費者金融株は軒並み急落している。

アコムは一時、前週末比213円(14・25%)安の1281円、プロミスは101円(13・04%)安の673円、アイフルは27円(23・47%)安の88円まで値を下げた。

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武富士

株式上場する消費者金融では4位の営業貸付金残高。1966年に故武井保雄氏が「富士商事」として創業し、1974年に現社名に変えた。テレビCMなどで貸し出しを伸ばして業界首位になり、2002年3月期の営業貸付金残高は1兆7666億円にのぼったが、2010年6月末には5101億円まで減った。2010年6月末の店舗数は545店(うち有人140店)、従業員数は2030人。

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過払い利息

消費者金融など貸金業者に、顧客が利息制限法の上限(借入金額によって年15~20%)を超えて支払った利息。出資法の上限(年29・2%)との間の「グレーゾーン金利」で貸すことが一定の条件で認められていた。だが、2006年1月の最高裁判決でこの条件が厳しくなり、2010年6月に完全施行された改正貸金業法で出資法の上限金利が年20%に引き下げられ、グレーゾーン金利が撤廃された。

ニッシンNY上場、初値は13.8ドル

2002年8月16日、 ニッキン

ニッシン(嵜岡邦彦社長)は、イメージアップと株式の流動性を狙い、2002年8月2日付でニューヨーク証券取引所に上場した。消費者金融業界では、武富士が2000年3月にロンドン証券取引所に上場しているが、ニューヨークは初めて。

米国内での株式流通はAmerican Depository Receipt (ADR)の形態。ニューヨーク初値は13.8ドル。ニッシンは日本国内で1999年9月に東京証券取引所と大阪証券取引所の第1部に上場。2002年3月期決算は営業利益96億1300万円、経常利益92億5600万円、当期純利益48億1700万円。

ゲイツ氏、不動の金持ち フォーブス誌 世界長者番付 10年連続1位

2004年2月27日、東京新聞

【ニューヨーク】米誌フォーブスは2004年2月26日、2004年版世界長者番付を発表した。世界経済の回復を反映し、資産10億ドル以上の富豪は過去最高の587人に達し、総資産も1兆9000億ドルと3年ぶりに前年を上回った。第1位は米マイクロソフトのビル・ゲイツ会長(48)の466億ドル(約5兆1074億円)で、10年連続のトップとなった。 2位は著名な個人投資家ウォーレン・バフェット氏(73)で、上位10人のうち8人までを米国人が独占。世界的なベストセラー「ハリー・ポッター」シリーズの英国の女性作家J・K・ローリングさん(38)が10億ドルで富豪に仲間入りした。

日本勢では、佐治信忠サントリー社長(58)の55位(一族を含む、69億ドル)を最高に2003年より3人多い22人がランク入り。消費者金融大手「武富士」による盗聴事件で逮捕された武富士前会長の武井保雄被告(74)が62位(一族を含む、62億ドル)に入った。

武井保雄

武富士ダンサーズは「ダンス界の登竜門」となった。そして、3代目は200人のプロダンサーの中から選考された。武井曰く「今までで1番うまい」。

同じ踊り(動作)を愚直なまでに貫くが、人材は精鋭に代えていく――。そして、動きに磨きをかける。だが、端から見ていると、同じことを繰り返しているようにしか見えない。

そんな武富士ダンサーズは、武富士の経営そのものと言える。

武富士は毎年のように大量の社員が入れ替わる。生き残った強者たちは、ブラウン管で踊るダンサーのごとく、一糸乱れず武井の戦略を遂行していくのだ。

「ご迷惑をおかけしてすいません」

武井は応接室に入るなり、冷房の設定温度を下げるよう広報担当者に指示し、しゃがれ声でこう切り出した。

取材班は、虚を突かれた格好になった。何度も取材日程がキャンセルされていたため、応接室に入ってからも、長らく待たされるかと思っていた。その裏をかくかのように、こちらが部屋に入るのとほぼ同時に、飛び込むような勢いで武井が登場したのだ。

自分の土俵に引きずり込む

その時、ある逸話が頭をよぎった。武井の娘婿の著書に、こんなエピソードが記されている。旧友のフィデル・ラモスがフィリピン大統領に就任した時のこと。就任式に呼ばれた武井は、その晩、ラモスと会談する予定だった。ところが、ラモス側が急遽、日程を翌日に変更してほしいと要請してきた。だが、武井は「明日は忙しい」と言下に断り、帰国したというのだ。ラモスは慌てて詫び状を送ることになる。その極意を娘婿はこう解説する。

「相手を自分の土俵に引きずり込み、自分の都合でビジネスを展開する」

取材日程が二転三転したのも、武井が周到に仕組んだことかもしれない。

インタビューの中でも、思いがけない言葉が次々と飛び出してくる。

まず、こちらが「なぜ、強大な企業に成長したのか、経営手法や経営理念を伺いたい」という取材の意図を説明すると、こう口を開いた。

「私は、経営って難しくないと思うんですね。何でみんな、経営に成功しないんだろうか」

続けて、「真剣にやれば何でもできる」と説き、成長できない経営者をこう切り捨てる。

「みなさんは夜、寝ているんですね。私は寝ていません。2時間ぐらいの仮眠はありますけど、それは寝ていることにはならないんです。今朝も5時まで部長を集めて会議をやっている。集めると言ったって、頭の中の部長を集めるわけ。これは嘘じゃない。自分で葛藤するんです」

そして、打った手はほとんど外さないという。その理由を聞くと、「やっぱり、先天的なものがあるのかもしれませんね」と答える。

また、運勢占いを重視する。

「自分に今、運がないという場合、やっぱり仕事に打ち込めませんね。そういう時は、あまり(経営のことを)考えません。それについては、非常に素直なんです」

常人には、にわかに信じがたい言葉が並ぶ。だが、武井がいい加減に答えている様子はない。むしろ、誠実に本音を語っている。

これから武富士の経営を、創業期から振り返る。そうすると、「武井語録」の裏にある真意が透けて見えてくる。

「いい女には貸せ」

1966年、36歳の時、武富士の前身である富士商事を東京都板橋区に設立した。武井は午前10時になると、団地を見上げて、洗濯物をチェックした。「のぞき見趣味」ではない。この時間に洗濯物を干さないような主婦にはカネを貸しにくい、というわけだ。それも、下着が外から見えるように干していたら、「ずぼらな性格」と見る。

武井は「団地金融」なる商売を始めていたのだ。団地に住むサラリーマン家庭の主婦は、給料日前に生活費が足りなくなることがある。そこに目をつけた。

担保を取らず、ヒトを信用してカネを貸す――。極めてシンプルな商売だが、それだけに人物を見る目が試される。小さな金額を繰り返し貸し付けながら、カネ貸しの経験を積んだ。

チェックポイントは洗濯物だけではない。ポストを覗いて、郵便物がたまっているようでは信用できない。わざとトイレを借りて、きれいに清掃されているか確かめる。時には管理人室に出向き、家賃の台帳を見る。毎月の支払日が一定でない場合は要注意だ。

「団地金融の時代に作られた貸し付け基準は、実によくできていた」。1975年入社の西岡隆幸は、こう振り返る。西岡はその後独立して消費者金融会社を設立した。だが、今でも武富士時代のノウハウは色褪せていないという。

「いい女には貸せ。そういう鉄則があった。返せなくなっても、必ず代だい返へん(代わりに返済すること)する男が現れる。女を囲いたいからね」

そう話す西岡は、当時の消費者金融の実態をにおわす鉄則も教えてくれた。

「自分より強そうなヤツには貸すな」

延滞客から、力ずくで取り返す…。そんな状況を想定したものだろう。

業界草創期の荒々しさは、その後、社会問題に発展してしまう。

急成長した武富士が、アコムを抜き去って業界トップに躍り出たのが1980年のこと。その頃から、急成長の歪みを露呈していく。「サラ金地獄」と呼ばれる騒動だ。1980年代に入り、自己破産者が急増すると、マスコミは一斉に「過酷な取り立て」と「儲けすぎ」を非難した。そして最大手の武富士は、批判の矢面に立たされることになる。

軍隊式の人事・教育

銀行が消費者金融会社への融資を引き揚げ始めると、業界は音を立てて崩れていった。中小業者を中心に業者数が激減。そして、大手各社も崖っぷちに立たされた。

「この危機が、もともと厳しかった社員教育を、さらに徹底していく契機になった」(武富士元幹部)

その象徴が、1983年に完成した自宅兼研修所の「真正館しんせいかん」だ。東京都杉並区高井戸西の1400坪の土地に、30億円強の巨費を投じて建設された。地下にはプールも備えている。

研修では全国から社員が集まり、武井と同じ屋根の下で暮らす。午後5時半からは武井の講演もある。そして、夜はカラオケ大会が催される。ちなみに、武井の十八番は村田英雄の「花と竜」だ。

研修は決してお遊びではない。特に新入社員研修は学生気分の抜けきらない若手に、手厳しい洗礼を浴びせる。

「手始めに、1日中、挨拶とお辞儀の練習をさせる。体に染み込ませるわけだ」(武富士元教育担当者)

「お客さんだから、挨拶しよう」と頭で考えているようでは、どこかでボロが出るという。そこで人に会ったら挨拶する癖をたたき込む。だから、武富士の本社でエレベーターに乗ると、社員が必ず挨拶してくる。職場に入ると、全員が立ち上がって「いらっしゃいませ」と頭を下げる。上司が戻ってきた場合も、職場は総立ちで迎える。

その上司にも、厳しい慣例がある。

「ボーナスをもらったら、支店長以上の幹部社員は武井会長に電話や手紙でお礼の言葉を伝える。これを忘れると降格される」(武富士元幹部)

入社後も、接客の基本を繰り返し体に染み込ませる。

街頭で見かけるティッシュ配布。実はすべて社員が配っている。その数、年間3億個。本社勤務の社員も例外ではない。道行く人に、大きな声を出して挨拶する。

服装規定も厳格に決められている。茶髪やサングラスなどはもってのほか。髪の毛は耳にかかってはいけない。ワイシャツは白の無地が原則。女性の指輪も禁止されている。

「100引く1は99ではなくてゼロ、と教えている。1人でも規則違反者がいると、全員の努力が無になってしまうということ」(武富士元教育担当者)

「武富士は軍隊」(準大手消費者金融社長)。そう揶揄されるが、武井は一向に気にする様子はない。

「挨拶できない人もいます。やっぱりそういう人は限界があるんですね」

そう言う武井は、軍隊さながらの連帯責任を人事制度に取り入れる。

支店長の給料は、支店の業績に連動する。また、業績の悪い支店は夜遅くまで残業を強いられる。一方で、好調な支店は「スーパーモデル店」と称し、早々に仕事を切り上げさせる。

人事も大胆だ。入社1~2年という社歴の浅い若手が、次々と支店長職に就いている。20歳前後の支店長は珍しくない。女性の登用も進め、既に女性支店長が100人を超えている。

降格も容赦ない。役職者がヒラ社員になるなど当たり前。役員、社長も例外ではない。

従って、退職する社員が後を絶たず、その逸話は数限りない。

「昼食に出ていったきり、帰ってこない社員がいた」「秘書室に異動が決まった瞬間、怯えて退社していった」

ある武富士元幹部は、こう打ち明ける。「社員数は変化がないように見えるが、大ざっぱに言うと1年に1000人が入社して、1000人が辞めていく」。社員数は約4000人だから、4年で全社員が入れ替わる計算になる。この強烈な新陳代謝を繰り返すことで、最強軍団が形成されていく。

ここで1つ、疑問が生まれる。なぜ、武富士は大量の社員が入れ替わりながらも、業務が回っていくのか。実は、入社直後の社員でもすぐにフル回転で働ける仕掛けを施しているのだ。

「失敗は成功のもと、はウソ」

武富士の店頭にある、一見すると何の変哲もないパソコン。しかし、よく見るとキーボードの配列が変わっていることに気づく。キーが「あいうえお順」に並んでいるのだ。パソコンに疎い人が入社しても、すぐに使えるようにメーカーに特注で作らせた。

書類作成には「イロエ」という不文律がある。誰でも分かりやすいように、色と絵を使って文書を作れ、という意味だという。それも、できるだけ用紙1枚にまとめる。文章は「小学生でも分かる」が基本だ。

支店でも効率的な仕事を支える仕掛けがある。例えばこんな具合だ。返済が1日遅れる顧客は多い。そこで、1日延滞客に督促の電話をかける場合、必ず「林」という姓を名乗る。すると、顧客から「林さん、いますか」と折り返しの電話があっても、受話器を取った人がそのまま応対できる。それも「はい、私が林です」と社員が電話口で言った瞬間、隣の社員が1日延滞者の情報ファイルを持っていく。ただ、「武富士は林という社員が異常に多い」という噂が立ち、現在は自粛しているという。

こうした取り組みによって、武富士は高い収益率を誇っている。業界2位のアコムと比較すると分かりやすい。平均年齢はアコムの33.4歳に対し、武富士は5歳も若い28.7歳。それでも、1人当たりの営業収益は武富士がアコムより13%ほど多い8641万円を上げている。ほかの指標でも、すべて武富士が上回る。

高い収益性と効率性を誇りながら、成長を続ける武富士。巨額の利益を上げているというのに、武井は冒険的な経営には走らない。大手4社の過去を振り返ると、武富士の戦略はいつも後手に回っていることが分かる。

1993年、アコムが業界に先駆けて自動契約機「むじんくん」を新設した。後を追うように大手が自動契約機を投入していく中で、武井はじっと戦況を見つめていた。そして、遅れること2年、1995年になって「これは効果がある」と判断し、「¥enむすび」を設置した。その後、武富士は一気呵成に自動契約機を展開して、前期末には総数1851台となり、アコムを抜き去った。

カード戦略、銀行との提携…。どれを取っても、武富士は他社の動きをじっと見ながら、出るタイミングをうかがう。決して先手を打つことはない。

「武富士の戦略は、百獣の王方式」

クレジット会社幹部はこう表現する。ハイエナが獲物を捕らえたことを確認してから、ゆっくりと登場して、独り占めするというわけだ。

その根底には、母から教わった商人道がある。

「失敗は成功のもとと言うけれど、そんなことはない。失敗すれば、それで終わり」

1つの失敗も許さない――。だから、武井は周囲がいくら決断を促しても、首を縦に振らない。「みんなが同じことを言う時ほど、危ないんですね」。そして考え抜くことになる。相談相手は、頭の中の部長たちだ。そして自信と確信をつかむまで、いつまでも議論は続く。

独裁者の孤独とでも言おうか。だから武井は運勢占いに頼る。「運勢は統計学」とも言う。それは、多くの経営者が経営判断に使う過去のデータと同じく、ある種の「精神安定剤」の役割を果たしているに違いない。

そんな武井は、業界の先行きに強い危機感を抱いている。「かつてないほど、難しい局面だと思います。ここで下手にもがくと、とんでもないことになりかねません」。絶好調に見える武富士と消費者金融業界。だが、危機はすぐそこまで来ている。ビジネスモデルを極めてしまったが故の代償…。